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煩悩とヲシテと目的論的考察

おはようございます。
実は、ヲシテ勉強会の原稿を書いていたのですが、私の悪い癖で、一つのキーワードから空海密教について調べだして、ついには煩悩のことについてこうやって記事を書くことになっています。というのも先日から、様々な人間関係のご相談事などから色々考えることがあります。

煩悩というのは108つあると言われていますが、そもそも <煩<> ってなんでしょう?

字の意味から考えると <煩う> という字と <悩む> という字の組み合わせです。 <煩う> という字自体の意味も <悩む> という意味があり心理的な事だと理解しました。

108つある煩悩の中でも私たちの心の中でも仏教では大きな課題は < 貪 瞋 痴 > (トンジンチ)といわれています。「貧」はトンとよみ「欲」のことです。欲しい欲しいという気持ちです。際限なく欲深く欲しがることですね。私たちは様々なものを欲すること、例えば、お金や地位や名誉、愛する人を欲して心を悩ませています。

瞋はジンとよみ「怒り」のことです。自分の思い通りに何かをコントロールしようとして、ならないことに心の迷わせ、腹を立て、怒りの感情がわいてきます。 

癡はチとよみ「愚痴」の心です。自分の思い通りにならない人がいれば、嫉妬やねたみ恨みの心がわいてきて愚痴から陰口意地悪の心もわいてきて、本来考えたくもない、その方ことを思って自分自身を苦しめています。もしくは、実体のないものを真実のように思いこんでしまうこととも解釈されます。

この三毒が私たちの心の中にあり、私たちを苦しめています。

人間はこの世に産まれた時から欲をもって生まれてきます。それをヲシテでは「シヰ」とよびます。ここは第二回の咲耶の開催するヲシテ勉強会で【タマシヰ】のお話で勉強したところです。お母さんの子宮から生れ出た時、もしくはヲシテでは、胎児の時にタマシヰが宿り、誕生した瞬間から自ら泣いて自分を表現しますします。また泣いてお母さんを独占しようとする独占欲の心も存在します。産まれた時から人は欲(シヰ)を併せ持っています。また怒りや愚痴のことはヲシテでは、ハタレの心と解釈してもいいのではないでしょうか?このように自分自身を苦しめている心が煩悩です。生命が宿った時から「タマ」と「シヰ」を併せ持ち生きている私たちを苦しめているものは、財産や地位名誉、他者ではなく自分自身の中にある心だと知れば、それをどんな風にしていきたいのか?どんな風に生きていきたいのか?そこを考えれば自らの考え癖思い癖に気付き楽に生きていけるのではないでしょうか?

 

∞望月咲耶∞

現在、滋賀・京都で、咲耶のヲシテ勉強会をしています。基本的にはヲシテを一緒に学びますが、咲耶が学んできた心理学のこと、コミュニケーションのこと、ボディーケアのこと、呼吸法や瞑想、歌を歌ったり、文字を書いたり、日常生活で自分自身が自分を楽しませることを一緒に体験していきます。よかったらお友達同士でご参加ください。