ホツマツタヱ 奉呈文

フトマニ写本奉納の儀
ヲシテ文献の研究者である「いときょう」先生による野々村家所蔵のフトマニ写本を写本しヤマトタケ様の子孫である「吉備の真備」様 由来の 滋賀県近江八幡市 賀茂神社において
令和元年11月8日 奉納の儀
無事とどこおりなく納めさせていただく事ができました。

事務局を務めさせていただいた私個人として感慨深く、
皆様があまりにも素敵にそれぞれブログやフェイスブックに書き綴ってくださるので、何も申し上げることが思いつきません。

今日は、今上天皇がご即位のパレードを行われた佳き日です。
そこで大好きな奉呈文を書くことにしました。

ホツマツタヱの最終編纂者の大神神社の神主ヲヲタタネコ様(三輪山若宮社のご祭神)が伊勢神宮の初代神主ヲヲカシマ様の言葉を添えて、十二代スヘラギ ヲシロワケ(景行天皇)に奉られた奉呈文をこちらに現代文字でありますが書き綴りたいと思います。

【ホツマツタエをのぶ】

あめつちの ひらけしときに
フタカミの トホコにをさむ
タミまして アマテルカミの
みカガミを たしてミグサの
みタカラを さづくみまこの
トミタミも みやすければや
トミがをや しいるいさめの
おそれみに かくれすみゆく
すえつみを いまめさるれは
そのめぐみ あめにかえりの
もふでもの ホツマツタヱの
ヨソあやを あみたてまつり
きみがよの すえのためしと
ならんかと おそれみながら
つほめおく これみんひとは
しわかみの こころホツマと
なるときは はなさくみよの
はるやきぬらん
いそのわの まさこはよみて
つくるとも ホツマのみちは
いくよつきせし ミワのトミ
ヲヲタタネコが ささげんと
フヲミソヨとし つつしみてをす
をりつけの うわのしるしと
はなをしを そへてささくる
ことのべのうた
ひさかたの あめがしたしる
わがきみの よよにつたはる
かんむりは アマテルカミの
つくらせて さをしかヤつの
をんみみに きこしめさるる
あさまつり あまねくとほり
あまてらす ををんたからの
ゐもやすく やすくにみやと
たたゑます ヤヨロとしへて
こゑうちの イサワのみやに
をわします みこオシホミは
ヒタカミの  タカのこうにて
くにをさむ まごホノアカリ
かぐやまの アスカのみやに
をわします おとニニキネは
にいたなす ニハリのみやの
ソヤヨロに にいたみふゑて
なもたかき ハラミのみやに
タミをたし ついにシワカミ
ホツマなる ムソヨロとしの
よをしりて いかづちわくる
いつのかみ ときにをんかみ
のたまふは いまニニキネの
さきみたま クニトコタチの
わさみたま あらわるいつと
かがなえて ワケイカヅチの
あまきみと なつけたまわる
よのはしめ いまスヘラギの
アマキミは みなニニキネの
いつによる みこまこひこの
すえまでも あまてらします
ををんかみ モモナソヨロの
としをへて もとのひのわに
かえまして アオヒトクサを
てらします このゆえキミも
トミタミも ゐをやすくぬる
をんめぐみ よにあらわせる
そのふみは ホツマツタエに
まさるなし いまよにのこる
いゑいゑの ふみもそれそれ
かわりある たれをまことと
なしかたし かれにヒとつを
あげしるす フソムのあやに
かもわれて トヨタマヒメも
なぎさにて たけきこころに
およがせば タツやミツチの
ちからゑて つつがもなみの
いそにつく これをよそにて
ふねわれて タツとミツチの
ちからゑて これあやまれる
テニヲハぞ すべてナナやの
しるしふみ ことなりがちは
これにしれ わがかみのをす
ミカサフミ ホツマツタヱと
わりうるり あわすことくの
こころなり よよのをきてと
なるふみは ホツマツタヱと
おもうゆえ ふかきこころを
そゑゐれて あげたてまつる
すえにヲシテぞ
 はなそえのうた
カカンなす はるのひとしく
めくりきて いそのまさごは
いわとなる よよノンテンの
ホツマふみかな
まきむきの ヒシロのみよに
ミカサトミ いせのかんヲミ
ヲヲカシマ フヲヨソナとし
ささくはなをし

社納 典子



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