ヲシテ ホツマツタヱとの出会い

2014年、私はチームフローという「プロコーチ養成スクール」でコーチングを学びコーチになるために、東京に在住し住まい兼セッションルームを構えていた。
出会いは必然でT医科大学助教のI氏の紹介でこの「ホツマツタヱ」を知ることになる

その頃から、私はコーチングを学びに行く傍らI氏の存在を知り、【こころ と からだ たましい は繋がっている】というI氏の講義に夢中だった。
古事記、日本書紀の元になるであろうホツマツタヱという文献の写本が滋賀県の高島市から多数発見された事を聞き、自分の生まれ育った地がこの日本の首都である東京で話題に上っていることに驚いた。とにかく「ホツマツタヱ」とはなんだ?という思いでいっぱいだった。(講義の中で「ホツマツタヱ」のお話をされたのはたった一度だったと後日I氏にお聞きした。)
「いときょう先生」との出会いは何かのイベントだった気がする。
I氏に紹介していただき、初めて「いときょう先生」の顔を見た時に、わあ~この人だ!と思った。
なんだかわからない懐かしいやら安心する気持ち、皆さんもそんな体験があるのではないだろうか?
早速、東京の大塚で開催されている、「いときょう先生」の講座に参加した。

そこで聴く話は私にとって衝撃だった!
学校の教科書で習った縄文時代は、獣の毛皮を着て石槍で狩猟し、竪穴式住居に住んでいる、どちらかというと野性に近い生活ぶりの私たちホモサピエンスの祖先というイメージだった。
先生から聞く話は、なんとビッグバンの話から、ヲシテという四十八文字を縄文人が使っていたというのだ!そして、その生活ぶりや思想哲学が「ホツマツタヱ」という古文書に書いているという!そして日本の国の始まりが琵琶湖周辺だったという衝撃の話だった。私はこの日本の中心の首都である東京でまさか滋賀がそんなに重要な場所であったなど驚きでいっぱいで、このことを滋賀県の人にもっと知っていただき、縄文時代に大切にされたことを伝えていきたいと思ったのです。

こちらでホツマツタヱについて私の学んだことを書き記していきたいと思います。

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